さよなら 想い出の妻籠2012/10/18 21:39

もうこれでお別れ。さらば妻籠。

感慨深く、僕は妻籠の宿場の下のバス停でバスを待っていた。
そこへおばあさんが。
自然と「こんにちわ」と挨拶を交わす。

「馬籠の方へ行くの?」とおばあさん。

「いえ、南木曽駅へ。今日うちへ帰ります。若い頃にも来たことあるんですが、あの頃は今みたいにみやげもの屋もなんにもなかったけれど、素朴で、すごく素敵な街でしたね。今は旅館も民宿もやってないみたいだし、何かとてもさびしいですね」

「車で来る人が多くなって、街には泊らなくなってしまったようです」

「昔来た時には、民宿の八起さんに泊ったんですよ」

「八起さんの奥さん、去年亡くなって。旦那さんも施設に入ってしまって。民宿は16、17年前に閉めてね。泊って行く人がいなくなってしまって」

「おばあちゃんは妻籠に住んでるんですか?」

「妻籠の先の大妻籠です。馬籠の先のまちから嫁に来たんですよ」
おばあちゃんは大妻籠に帰るところだったらしい。
バスは逆方向。でもこの停留所のバスの到着時刻はどちらも同じになっていた。

おばあちゃんと話しているうちに、南木曽行きのバスが先にやってきた。
僕は「それじゃ」とお辞儀をしてバスに乗り込んだ。
おばあちゃんは手を一生懸命振ってくれた。
僕も手を振り返した。

民宿「八起」さんは、僕の人生を変えた人と出会った場所(正しくは観光案内所だけれど)。
そんな運命の出会いの場所、八起さんを知っている人と話をすることができた、そのことだけでも、ここへ来たかいがあった。それがうれしくてたまらなかった。

さよなら妻籠。もう二度と来ることはないだろう。最後に素敵なおばあちゃんに逢えてよかった。もう悔いはない。


         妻籠の観光案内所

         民宿「八起」さん。廃屋になってしまった。

         10月16日

コメント

_ 盛山和江 ― 2017/04/01 09:35

少なくとも25〜26年前に一家7人で宿泊しました。隣の空き地に駐車して、翌朝出発する時、空き地の出入り口の溝に脱輪してしまい、通りがかりの10人足らずの団体さんに手助け頂き難を抜けました。いい時代でした。糊のきいた寝具カバーと道向かいのせせらぎの音が心地よい思い出です

_ ふーたろう ― 2017/04/02 13:15

不便さはあったものの、素朴で風情たっぷりの街でしたね。
学生時代、この街を訪れたことがきっかけで、古い街並みの写真を撮るようになりました。
出会いと別れ。紆余曲折はあったものの、それらすべてを含めて、ここは今に続く出発点となりました。
それだけに、今の風景が少し残念でなりません。時代なのでしょうね。

_ 脇坂利明 ― 2019/02/04 16:18

はじめまして。たまたま八起の記事を見させていただきました。若い頃に、実は
八起の娘さんと名古屋市の会社で一緒でした。そんな関係で宿泊数名で宿泊したことがありました。もう、遠い昔のことですが。なんか、娘さんとお会いできたらなんてふと、思ってコメントさせて頂きました。とても懐かしく。なにかの機会に消息がわかればなあと思っています。

_ ふーたろう ― 2019/02/05 21:33

脇坂さん コメントありがとうございます。
最後に妻籠に行ってからもう6年が経ってしまったんですね。
八起さんでは娘さんと一度も会っていないのでよくわかりませんが、脇坂さんが娘さんと会社で一緒だったというのは、何か御縁があるのかも知れませんね。
娘さんの消息がわかり、お会いできるといいですね。

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